明治元年 鉄道ニュース
徳川慶喜、諸藩に討薩の出兵を、大目付には討薩の表を持って上京するよう命じる 1/1
幕府諸藩連合軍15000、大坂を出発し京都へ向かう 1/2
薩摩藩船平運丸を幕府軍開陽丸・蟠龍丸が砲撃 1/2
幕府諸藩連合軍、伏見に到着し、伏見奉行所を本営とする。城南宮を拠点とした薩長軍と対峙。夕刻幕府軍別働隊と薩長軍が鳥羽で衝突。戊辰戦争が始まる 1/3
王政復古の大号令、小御所会議(慶應3年12月9日) 1/3
嘉彰親王が薩長軍本営に入り、事実上の官軍となる。鳥羽・伏見激戦 1/4
淀藩、主君不在のまま官軍方へ付く 1/5
津藩、官軍方へ付く。徳川軍大坂へ退却 1/6
徳川慶喜、夜半に大坂城を脱出、一旦、米艦に入り、続いて幕軍軍艦に乗る 1/6
徳川慶喜、江戸へ向けて密かに出港。新政府、徳川慶喜追討令を出す 1/8
明治天皇即位 1/9
官軍、大坂城を占領 1/9
徳川慶喜がパークス英公使・ロッシュ仏公使に王政復古を否定(慶應3年12月16日) 1/10
新政府、徳川慶喜以下の官位を奪い、幕府領を直轄領と決定する 1/10
神戸事件(慶應4年1月11日) 2/4
神戸で岡山藩兵とフランス水兵が衝突
徳川慶喜が江戸城に帰城し諸門の閉鎖を各国公使館へ通告(慶應4年1月12日) 1/12
年貢半減令が出される 1/12
島津氏、朝廷から500両を下賜され、戦死者を祀る 1/12
王政復古を各国公使に通告(慶應4年1月15日) 1/15
新政府外国事務取調掛の東久世通禧が、兵庫で各国公使と会見し、王政復古の国書を手渡す
仙台藩に会津藩追討の勅命が出される 1/17
江戸城二の丸が全焼 (薩摩藩士による放火の噂)(慶應3年12月23日) 1/17
佐土原藩士が江戸市中警護にあたる庄内藩詰所を銃撃(慶應3年12月23日) 1/17
フランス公使ロッシュ、江戸城で徳川慶喜と会見し、再度の挙兵を促すも拒否される 1/19
小栗忠順の命により庄内藩主力の二千名が薩摩藩・佐土原藩江戸屋敷を焼討ち(慶應3年12月25日) 1/19
英米仏蘭伊普6カ国が、日本内戦に対し局外中立を宣言 1/25
戊辰戦争: 徳川慶喜が討薩表を朝廷に提出(慶應4年1月1日) 1/25
戊辰戦争: 鳥羽・伏見の戦い(慶應4年1月3日) 1/27
戊辰戦争: 阿波沖海戦(慶應4年1月4日) 1/28
新政府、京大坂の豪商に会計基立金として3000000両の献金を命じる 1/29
新政府が徳川慶喜追討を発令(慶應4年1月7日) 1/31
新政府、徳川慶喜親征の詔を発布 2/3
新政府、西国22藩に従軍令を発す 2/9
新政府、大総督府・諸道総督府を設置。有栖川宮熾仁親王を東征大総督として東海道軍・東山道軍・北陸道軍の総指揮官とする 2/9
戊辰戦争: 有栖川宮熾仁親王が東征大総督に就任(慶應4年2月9日) 2/9
戊辰戦争: 徳川慶喜が寛永寺に蟄居(慶應4年2月12日) 2/12
徳川慶喜、江戸城を出て上野寛永寺へ移り謹慎。恭順派は和戦両面の計画を進める
先鋒総督に岩倉具定、総督府参謀に伊地知正治、乾退助が就任 2/13
西郷隆盛、東征大総督府参謀となる 2/14
堺事件(慶應4年2月15日) 2/15
堺で乱暴を働いたフランス水兵を土佐藩士が銃撃。死傷者が出る
新政府機関誌「太政官日誌」創刊 2/23
戊辰戦争: 寛永寺で彰義隊結成(慶應4年2月23日) 2/23
旧幕臣からなる彰義隊が上野山を占拠する 2/23
太政官日誌創刊(慶應4年2月23日)
堺妙国寺でフランス兵を射殺した土佐藩士の処刑がフランス軍艦艦長の立ち会いで行われるが、切腹の凄惨な場面により中止される 2/23
中外新聞創刊(柳河春三)(慶應4年2月24日) 2/24
仙台藩に会津征討令が到着 2/29
パークス英公使暗殺未遂(慶應4年2月30日)
フランス公使とオランダ代理公使が参内、イギリス公使パークスは、参内途上に襲撃される 2/30
諏訪で新政府赤報隊の相楽総三ら8人が処刑される 3/3
大総督府、江戸城総攻撃を指令する 3/9
甲州勝沼で新政府軍と近藤勇率いる甲陽鎮撫隊が衝突。
勝海舟、山岡鉄舟と捕虜の益満休乃助を西郷隆盛の元へ派遣 3/9
下野梁田で新政府軍と旧幕軍が衝突 3/9
パークス英公使が徳川慶喜討伐に反対する(慶應4年3月11日) 3/9
高輪薩摩藩邸で西郷隆盛と勝海舟が江戸開城交渉を行う。
神仏分離令布告(慶應4年3月13日) 3/13
五箇条の御誓文(慶應4年3月14日) 3/14
西郷隆盛、江戸総攻撃を中止 3/14
新政府、旧幕府高札の撤去、五榜の掲示を示す(慶應4年3月15日) 3/15
川路聖謨自殺 3/15
奥羽鎮撫総督九条道孝、上参謀醍醐忠敬ら、仙台藩に出兵を求めるため、松島に到着 3/19
朝廷、慶喜謹慎、江戸城明け渡しを受ける 3/20
天皇、大阪へ行幸 3/21
新政府、神仏分離令を決定。以後、全国で仏教施設・仏具の破壊運動が起こる 3/28
田安亀之助、徳川宗家を相続。後の徳川家達 3/29
日吉天王社に武装神官が進入し、仏具や教典などを焼き捨てる 4/1
江湖新聞創刊(福地源一郎)(慶應4年閏4月3日) 4/3
東海道先鋒軍、江戸城に入る 4/4
流山で旧幕府軍敗北 4/5
徳川慶喜、勅命奉承の奉答 4/7
新政府軍に江戸城を引き渡して、徳川慶喜は水戸へ移る 4/11
大鳥圭介、旧幕軍洋式部隊「伝習隊」らを率いて江戸を離れる 4/11
もしほ草創刊(岸田吟香ら)(慶應4年閏4月11日) 4/11
徳川慶喜、水戸に到着し謹慎生活に入る 4/15
日本初の観艦式(天保山沖)(慶應4年3月26日) 4/18
戊辰戦争: 宇都宮城の戦い(慶應4年4月19日)
大鳥圭介を率いる伝習隊、宇都宮城を奪取する 4/19
戊辰戦争: 会津戦争(慶應4年閏4月20日) 4/20
東征大総督府、江戸入城 4/21
宇都宮城攻防戦。旧幕軍敗北し、会津、日光へ退却 4/23
ハワイ移民が始まる 4/25
近藤勇処刑される 4/25
福沢諭吉、英学塾を移転して慶應義塾と改称 4/
神田に西洋洗濯店が開業 4/
イギリス公使パークスが天皇に信任状を提出し、イギリス政府は新政府を承認 閏4/1
大鳥圭介、会津藩客将総督に就任 閏4/1
江湖新聞創刊 閏4/3
市川・船橋で新政府軍と幕府洋式部隊義軍府部隊が衝突。義軍府部隊敗北し撤退 閏4/3
仙台、米沢両藩、会津救済のための白石会議を招請 閏4/4
新政府軍、下総で掃討戦を展開 閏4/7
天皇、京へ還幸 閏4/8
新政府軍の攻勢で、義軍府部隊四散 閏4/8
新政府軍参謀世良修蔵、白河城に入る 閏4/9
バンリード、邦字新聞もしほ草を創刊 閏4/11
浦上キリシタン信徒4010人が逮捕される 閏4/17
新政府の対応に反発した仙台藩士ら、新政府側参謀世良修蔵を襲撃する 閏4/19
世良修蔵処刑される。白河城は東北諸藩軍の手に 閏4/20
新政府、大人事異動を行う 閏4/21
政体書発布(慶應4年閏4月21日) 閏4/21
東北25藩による奥羽列藩同盟成立 閏4/22
白河城攻防戦。一進一退 閏4/25
新政府、3職7科8局制を改め、太政官制度三権分立を定める 閏4/27
小倉藩、佐賀藩の藩兵が、軟禁状態の鎮撫総督九条道孝らを救助するため、仙台に入る 閏4/28
太政官札発行 閏4/
白河城攻防戦。同盟軍大敗。城は落ちず 5/1
戊辰戦争: 北越戦争(慶應4年5月2日) 5/2
新政府と長岡藩、交渉を行うも決裂 5/2
戊辰戦争: 奥羽列藩同盟成立(慶應4年5月3日)
長岡藩、奥羽列藩同盟に参加 5/4
北陸5藩、奥羽列藩同盟に参加し、奥羽越列藩同盟が成立 5/6
上野の彰義隊に大村益次郎率いる新政府軍が総攻撃を行う。彰義隊は敗走し付近の1200戸が焼失 5/15
太政官札5種が発行される 5/15
板垣退助、土佐藩兵を率いて、白河入城 5/15
戊辰戦争: 上野戦争(慶應4年5月15日) 5/15
中外新聞が上野戦争の号外を発行 5/16
江湖新聞の福地源一郎が新聞に掲載した「強弱論」で逮捕される 5/18
戊辰戦争: 北越戦争, 長岡城陥落(慶應4年5月19日) 5/19
長岡城下で新政府軍と長岡藩が戦闘
徳川家達、駿河府中70万石に封じられる 5/24
旧幕軍方の輪王寺宮、幕軍艦長鯨丸で常陸平潟に上陸。会津へ向かう 5/28
列藩同盟軍、長岡近郊の今町で政府軍を撃破 6/2
薩摩、佐土原の両島津藩主、出陣のため宮中に参内 6/5
輪王寺宮、会津に入る 6/6
新聞紙の無許可発行を禁止(慶應4年6月8日) 6/8
奥羽越列藩同盟、新潟で新政権構想会議。輪王寺宮を即位させる計画 6/12
島津藩主忠義に代わり、島津広兼が総督として新兵を率い薩摩から出兵 6/14
列藩同盟、盟主に輪王寺宮を推戴 6/15
木梨精一郎、増援部隊を率いて平潟に上陸 6/16
戊辰戦争: 磐城の戦い(慶應4年閏6月16日)
新政府軍増援部隊、平に集結 6/20
乾退助、棚倉城を攻略 6/24
守山藩、新政府軍に降伏 6/25
新政府軍の島津増援部隊江戸に入る 6/28
泉城陥落。同日、相馬藩が同盟を脱退 6/28
湯長谷城陥落 6/29
平城攻防戦始まる 7/1
新政府軍の佐土原と大村の藩兵が、平潟口へ出兵 7/5
新政府軍の庄内藩攻略戦が始まる 7/6
平城陥落 7/13
庄内藩軍、新庄を占領 7/14
この頃、奥羽越列藩同盟、公議府を設置 7/15
三春藩、同盟を脱退 7/16
江戸を東亰(のち東京)、京を西京と改称 7/17
柏崎港に新政府軍の軍艦5隻が入港 7/21
長岡藩軍、長岡城を奪還 7/24
三春藩、新政府軍に降伏。新政府軍、三春に集結 7/27
新潟港が新政府軍の手に落ち、続いて長岡城も再度陥落する 7/29
二本松城攻防戦。二本松城は陥落し藩軍は壊滅。城主丹羽長国は、米沢へ 7/29
相馬中村藩降伏 8/6
総督四条隆謌、相馬中村へ入城 8/7
南部藩軍、大館を占領 8/9
庄内藩軍、横手を占領。秋田へ向けて進軍を開始する 8/11
新政府軍、会津攻略のため、軍を二本松に集結 8/15
長岡藩軍を率いた河井継之助、戦傷が元で死亡 8/16
榎本武揚ら旧幕臣、軍艦8隻で江戸を離れる 8/19
新政府軍、母成峠で、同盟軍を撃破、若松城下へ進軍 8/21
新政府軍、会津城を包囲。城下に火を放ち、それを見た白虎隊士が自刃 8/23
会津若松の鶴ヶ城攻防戦始まる 8/25
大川大蔵ら、敵前を通って鶴ヶ城へ入り、城内軍事総督となる 8/26
榎本武揚艦隊の軍艦開陽、松島に到着 8/26
新政府、天皇の誕生日を天長節と定める 8/26
明治天皇即位の令が行われる 8/27
佐川官兵衛ら、鶴ヶ城を出撃、米沢へと向かうが失敗 8/29
築地ホテル館竣工 8/
初旬、新政府軍の攻勢が始まる 9/
列藩同盟、仙台青葉城で会議。榎本武揚は主戦論を展開 9/2
米沢藩降伏 9/4
明治と改元され、以降一世一元の制となる 9/8
二本松藩正式降伏 9/8
新政府軍、米沢へ入城 9/12
仙台藩降伏を決定 9/13
新政府軍、鶴ヶ城を総攻撃。降伏勧告を行う 9/16
上ノ山藩降伏 9/17
仙台藩、棚倉藩、天童藩、松村藩が降伏 9/18
乾退助ら、22日を期限として鶴ヶ城側に開城を要求 9/19
東幸: 明治天皇が京都を出立(明治元年9月20日) 9/20
会津藩降伏 9/22
庄内藩が降伏を示唆 9/23
川手文治郎、生神金光大神と名乗る 9/24
庄内藩、盛岡藩、泉藩、平藩が降伏 9/24
南部藩降伏を決定 9/25
新政府軍、鶴岡城に入る 9/26
新政府、スウェーデン=ノルウェー王国と修好通商航海条約に調印 9/27
榎本武揚艦隊、石巻湾を出港。蝦夷地へ向かう 10/2
南部藩が降伏し東北戦争は終結 10/11
東幸: 明治天皇が東京入り: 江戸城を皇居と治定し東京城と改称(明治元年10月13日) 10/13
榎本武揚ら、蝦夷地に到着 10/20
戊辰戦争: 箱館戦争(明治元年10月21日) 10/21
榎本武揚ら、松前・弘前藩兵を破って五稜郭に入る 10/25
榎本軍により、松前藩の福山城陥落 11/5
火刑・磔刑が禁止される 11/13
蝦夷軍江差占領作戦で、江差占領に成功するが新造軍艦開陽を失う 11/15
東京開市し築地に外国人居留地がつくられる 11/19
新潟開港 11/19
蝦夷政府、武士階級による選挙を実施し、榎本武揚を総裁に選出 12/15
(明治元年11月6日) - 東幸: 東幸を祝し明治天皇が東京府民に酒約三千樽を下賜(天盃頂戴)
誕生 12/19
富くじ興行禁止 12/23
各国政府、日本内戦終結と判断し、局外中立を終える 12/28
(堺県)、河内の旧天領から構成された河内県を編入合併する。 明治2年8月2日
年表