第1章 国鉄改革についての基本認識
*******鉄道の未来を築くために*******
T国鉄改革はなぜ今必要か
1.国鉄経営は危織的状況にある
国鉄の経営は昭和39年度に赤字に転じて以来年々悪化の度を深めている。
長い歴史を持つ国鉄は、第二次大戦後の一時期に赤字を計上したことはあっても、その独占的地位を背景として概ね黒字基調で推移してきた。しかしながら、昭和30年代以降のわが国の高度経済成長期を通じ、産業構造の変化や国民の所得水準の向上に伴い、自動車、航空等との競争が激化し、国鉄が持っていた他の交通機関に対する優位性は旅客、貨物ともに急速に失われていった。
この結果、国鉄は、交通市場の中で一貫してシェアを低下させてきたが、後に述べるようにこのような環境の変化に適切に対応した減量化などが遅れたため、ここ20年間以上にわたり経営状態は悪化の一途をたどっている。最近の状況を見ると昭和60年度予算における実質的な赤字額は単年度で2兆3千億円という膨大な額に上る見込みであり、これは毎日63億円近くの赤字が増加していく勘定となっている。
さらに、借金の残高も昭和60年度末には実に23兆6千億円もの巨額に違すると見込まれ、民間会社なら既に破産した状態となっている。また、昭和60年度予算でほ、2兆5千億円という巨額の借金をしても、過去の借金の返済に1兆円、さらに利子の支払に1兆3千億円と元利合計が2兆3千億円にも及ぴ、まさにサラ金地獄に陥っている。このような膨大な額の借金を続けていくことにはおのずから限界があり、このまま推移すれば早晩、人件費などを支払うための資金の調達も困難となって、列車の運行など事業の運営にまで重大な支障が生じることが危惧される。
2.鉄道は今後とも重要な役割を担う
以上のように国鉄の経営は破綻に瀕しているが、鉄道が国民生活の中て今後どのような役割を担っていくのかを把握することが、国鉄事業の再建策を検討していく上において極めて重要である。
このような観点から、次に述べるように各交通機関の役割について将来を展望すると、鉄道ほ、旅客については中距離都市間旅客輸送、大都市圏旅客輸送及び地方主要都市における旅客輸送の分野で、今後とも国民生活にとって重要な役割を果たしていくことが見込まれ、また貨物についても大量輸送や長距離輸送の分野において相応の役割を呆たしていくことが見込まれる。当委員会としてほ、このような鉄道の持つ役割を緒まえた上で、将来にわたりその特性を最大限発揮させていくためには、抜本的改革によって速やかに国鉄事業を再生させることが必要であるとの認識を持つに至った。
(1)旅客輸送
@21世記までを展望した輸送需要の見通し
わが国が、今日の安定的な経済成長を維持し、一層ゆとりと潤いのある国民生活を構築していく上で、交通機関の果たす役割は今後ますます大きくなるものと思われる。当委員会は、21世紀に向けてのわが国の輸送需要が次のように推移するものと予測した。(a)総輸送需要
わが国のマイカーを含む国内交通機関の利用者総数は昭和58年度実績で525億人であり、これに移動距離を乗じた総輸送需要ほ8,220億人キロである。平均すれば国民1入が毎日1.2回、19km程度交通機関を利用して移動していることになる。これは欧米先進諸国と比較して必ずしも高い水準にはないが、ここ10年間を見ると毎年2%程度の割合で着実に増加してきている。
今後わが国の経済が昭和65年(平成2年)度までは年率4%前後、それ以降長期的にほ3%程度の安定成長を持続して
いくものと想定すると、総輸送需要は昭和65年(平成2年)度には約600億人、9,200億人キロに、昭和75年(平成12年)度には約680億人、9,800億人キロに達するものと見込まれる。
(b)交通機関別輸送需要
このように総輸送需要が着実に増加していく中で、国鉄のシェアは、これまで一貫して減少を続けてきたが、将来の見通しも極めて厳しいものと予想される。
すなわち、輸送人キロで見ると、国鉄は、昭和36年度に50%のシェアを割り込んで以来、年年減少し、昭和58年度の実績では23%(1,929億人キロ)のシェアとなったが、さらに昭和65年(平成2年)度には20%(1,800億人キロ)昭和75年(平成12年)度には18%(1.800億人キロ)にまで落ち込むものと見込まれる。
他方、マイカーを中心とする自動車は、昭和39年度には人キロで30%のシェアにすぎなかったにもかかわらず、モータリゼーションの進展、高速道路の整備等によって昭和46年度には51%昭和58年度には56%(4,642億人キロ)とシェアを急速に拡大してきた。この傾向は将来も続き、昭和65年(平成2年)度には60%(5,500億人キロ)昭和75年(平成12年)度には62%(6,100億人キロ)に達するものと見込まれる。
さらに、航空の需要も、国民の時間価値の高まりに伴う,高速化指向や空港の整備によって、他の交通機関をはるかに超えた伸び率で増加している。
航空は昭和42年度までは人キロで1%6に満たないシェアであったにもかかわらず、昭和58年度には4%(306億人キロ)のシェアを持つに至った。この傾向は現在進められている東京国際空港、関西国際空港の整備等によって将来も続き昭和65年(平成2年)度には5%(440億人キロ)、昭和75年(平成12年)度には6%(540億人キロ)に達するものと見込まれる。A交通体系における今後の鉄道輸送の役割
以上のように、21世紀までを展望した輸送需要は、航空やマイカーを中心とする自動車のシェアが高まっていくのに対し、 国鉄のシェアが減少することは避け難いものと見込まれる。
しかし、これを都市間交通の分野で見ると、300km程度までの近距離においては、高速道路を中心とした自動車が、65%程度のシェアを占めることが見込まれる。また、750kmを超えるような長距離帯においては、航空が68%程度のシェアを占めることが見込まれる。他方、300km〜750kmの中長距離帯においては、既設新幹線を中心に鉄道がなお51%程度のシェアを堅持して、その輸送量はほば横ばいで推移することが見込まれる。
さらに、地方交通の分野を見ると・東京、大阪等の大都市圏やその他の地方主要都市における鉄道の需要ほ、通勤・通学等の定期客を中心に輸送量は比較的堅調に推移することが見込まれる。
このように、わが国では、欧米誌国と比べて都市への人口集積度が高く、また狭隘な国土に都市が連鎖状に分布しているという地理的な特色があるため、大量の旅客の移動を高速で、かつ定時に輸送し得るという優れた特性を有する鉄道の果たす役割は大きい。
したがって、これからのわが国の鉄道輸送は、既設新幹線を中心とする中距離都市間旅客輸送や輸送密度の高い大都市口旅客輸送及び地方主要都市の旅客輸送の分野における基幹的交通機関として、経営の効率化と一層のサービスの向上を図ることにより十分収益性のある事業としてその責任を果たし続けることが可能である。また国民も鉄道輸送にそうした役割を強く求めている。(2)貨物輸送
@従来の国鉄貨物輸送
国鉄の貨物輸送は、かっては国内貨物輸送の主要部分を担い、わが国の経済、社会の発展に大きく寄与してきた。しかしながら、昭和30年代以降の高度経済成長期を通じ、臨海工業地帯の発達に見られる産業立地や産業構造の変化に伴って、 トラック、内航海運等地の交通機関との激しい競争が展開された。そのような中で、国鉄の貨物輸送量は年々減少し続け、昭和40年前後の2億トン程度の輸送量に対し、昭和59年度の実績では約7,00万トンにまで減少した。最近では、物流界における基幹的交通機関としての地位を失い、国内物流に占めるシェアも輸送トンキロで6%に過ぎないものとなっている。
このような輸送構造の変化の中で、国鉄は、作業に多くの要員と長い時間を要する古いヤード経由輪送方式を続け、合理化や事業分野の見直しにおいて的確な対応を怠るなど輸送体制の変革に立ち遅れたため、貨物部門の経営は悪化の一途をたどり、今や国鉄事業全体の経営を大きく圧迫するに至っている。A今後の見通し
鉄道貨物事業には、輸送手段として本来優れた特性を有している分野がある。特に石油、セメント等の大量輸送や長距離のコンテナ輸送は、他の交通機関と競争しても十分にその特性を発揮し得る分野である。しかし、そのような特性を発揮していくためには、旧態依然とした経営感覚から脱皮し、経営体制、輸送システム等について抜本的な改革を行い、その競争力を高めていくことが不可欠の条件である。
最近に至って、昭和59年2月のダイヤ改正に見られるように、遅まきながらヤード経由輸送方式からの撤退と、石油、セメ ント等の輸送やコンテナ輸送に代表される定型・直行型輸送方式への転換が図られている。
輸送システムについてはこのような方向をより徹底させるとともに要員や経費について一層の縮減を図るなどにより、物流ニーズに即応した輸送サービスを提供することができれば、鉄道貨物事業は激しい競争を展開している物流市場において今後とも相応の役割を果たし得るものと考えられる。
鉄道は、上に述べたように今後ともわが国の交通体系の中で重要な役割を担うことが期待されている。国鉄改革を行う意義は、このような国民生活充実のための重要な手段としての鉄道の役割を、将来にわたり十分果たし得るようにするために国鉄事業の再生を図ることにある。
すなわち、破綻に瀕している現在の国鉄を、交通市場の中での激しい競争に耐え得る事業体に変革し、官僚的体質から脱却した活力ある経営の下で、国鉄の人材と財産が持っている能力と価値を遺憾なく発揮させることによって、国民が求めている鉄道の役割と責任を十分果たし得るようにすることである。
このような国鉄の改革は一刻の猶予も許されない。先に述べたように、国鉄経営ほまさに破産状況にある。従来の借金に依存した経営は、借金が利子を生み、その利子のために赤字が増大し、さらに借金に頼らざるを得ないという悪循環に陥っている。また、今後の国鉄経営の行方に確たる見通しがないため、職員も将来に希望を見いだせず、職場規律の乱れに見られるように士気の低下が否めない状況にある。
このような状況をこれ以上放置すれば、国鉄は近い将来その機能の維持に支障を生じ、国鉄に勤務する人々にとって極めて不幸な状況になることはもちろん、利用者、国民に多大の不利益と負担をもたらすことが危惧される。
鉄道事業は、私鉄の例で見られるように、ある程度以上の輸送需要があれば効率的な経営を行うことによづて事業として十分成り立ち得るものである。特に、わが国においては、人口密度が高く、また狭隘な国土に都市が連鎖状に分布しており、本来鉄道特性が発揮しやすい地理的条件にある。実際上も、ョーロソパ諸国の鉄道の輸送密度(1日平均キロ当たり利用者数)が5,000人前後であるのに比べて、国鉄は約25,000人とかなり高い水準にある。したがって、国鉄事業は、速やかに抜本的改革を実施すれば、鉄道事業として再生する余地はなお残されているものと考えられる。
改革が1日遅れることほ更に不幸な事態に一歩近づくことである。国鉄事業を再生させる可能性がまだ残されている現在において抜本的改革措置を講じることこぞ、これを放置した場合の将来における測り知れない不利益を回避し、結果として国民の負担を最小限のものとするための最善の道である。