国鉄貨物輸送今昔 つれづれなるままに綴った、国鉄貨物輸送今昔

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こちらでは、国鉄貨物輸送今昔というタイトルで書かせいただきました、blogのindexになります。
  1. 貨物輸送今昔 1 序章
    貨物列車というと皆さんは機関車に牽引される、コンテナ列車を思い浮かべる方も多いと思います。
    現在では当たり前になった、コンテナ列車ですが、最初に走ったのは昭和34年11月だそうですから半世紀以上の歴史があることになります。
    最後尾には、コンテナと同じ色に塗った専用の車掌車が連結されたコンテナ専用列車だったそうです。
    当時の車掌車は、現在は京都鉄道博物館で見ることが出来ますので是非確認してください。
  2. 国鉄貨物輸送今昔 2 構内掛
    走行する貨車に飛乗るのですが、この作業は毎日24時間行われていました。
    一番危ないのは、夜の時間帯における作業と、雨の日の作業でした。
    特に丑三つ時の午前2時‥3時頃は一番事故が起こりやすかったと言われていますし、雨の日は貨車も濡れていますので、ステップが滑って非常に危険なわけです。
  3. 国鉄貨物輸送今昔 3 高速貨車のお話
    今回は高速貨物列車に使われいた貨車のお話をさせていただこうと思います。
    現在の貨物輸送は、コンテナが主体で、以前は紙専用のパレット輸送は青色に塗られたワム80000と呼ばれる昔ながらの貨車が使われていましたが無くなったようですね。
    2軸車の場合その構造上高速運転が難しく、試作車として100km/h対応の車掌車ヨ9000が試作されたりしましたが結局は当初の目的を得ることができず、晩年は九州で石炭列車の催行日に連結されて運転されたといった記録があります。
  4. 国鉄貨物輸送今昔4 貨物列車の速度
    最近の貨物列車は、最高速度130km/hで走るスーパーライナーを筆頭に全体的に速度は向上しましたし、到着時刻も明確になり鉄道ならではの定量大量輸送が行われていますが、今から30年前の昭和59年2月までは貨物列車の速度は決して早くありませんでした。
    貨車の多くは最高速度が75km/h又は85km/hに制限されており、2軸車だけで組成された一般貨物列車(混載貨物)は75km/h、石炭列車など一部の列車は65km/h指定が行われ、貨車の側面に黄色の警戒帯が巻かれていました。
  5. 国鉄貨物輸送今昔 5 貨車のお話
    今でこそ、電車と伍したスピードで走るコンテナ列車しかありませんが、私がまだ子供だった40年ほどの昭和50年頃までは貨物列車は結構遅かったのです。
    電化区間では、特急貨物が100km/hもしくは、特急貨物Bと呼ばれる95km/hの列車もありましたが、非電化区間等で走る貨物列車はせいぜい85Km/h程度、石油満載のタンク車だと75km/h位ではなかったでしょうか。
  6. 国鉄貨物輸送今昔 6 鶴見事故と貨物列車
    さて、今回は貨物輸送にとっては負の遺産とも言える鶴見事故を取り上げたいと思います。
    鶴見事故とはそもそもどんな事故だったのでしょうか。
    鶴見事故は、昭和38年11月9日夜に発生した事故で、時々三河島事故と混同している本があったりするのですが、以下に概略を示します。
  7. 国鉄貨物輸送今昔 7 貨車のブレーキに関する話
    2軸貨車のブレーキを覚えておられるでしょうか?
    多くは、フットブレーキ(鉄道用語としては手ブレーキと言う言い方をしているのが一般的です。)と呼ばれるもので、貨車の側にレールと平行に設けられたてこで、このてこを介して、台車に付けられたブレーキシュー(制輪子)を直接車輪に押し付けて停止させるものでした。
    ブレーキを踏むと、緩まないようにロック装置が設けられていますが、この方式になったのは昭和28年以降であり、それ以前はブレーキをかけた後、走行中に抜け止めのピンを挿すようになっていましたが、熟練を要する上、接触事故なども多かったと言われています。
  8. 国鉄貨物輸送今昔 8 貨車のブレーキに関する話
    貨車といえば鉄道工場でも何年かに一度、客車と同じで全般検査があるのですが、客車と違い使い方が荒いことや清掃もままならな買ったと言われています。
    特に冷蔵車等は悲惨だったそうです。
    ドアを外すと床が腐ってるなんてことも・・・。
    他にも、家畜車とか豚積車なんていうのもありましたから、工場での整備はさど大変だったのではと同情してしまいます。
    余談ですが、馬は主として有蓋車で運ばれたようですが、ドアを開けておかないと落ち着かないそうでドアを開けて輸送されたと聞いています。
  9. 国鉄貨物輸送今昔 9 物資別輸送のお話
    昭和47年の運輸白書からのお話になりますので、少し固めの?お話になるかもしれませんが、よろしくお願いします。
    国鉄の輸送は、ヤードごとに入れ換えを行いながら走る車扱い貨物というのが一般的でしたが、この場合ある程度同じ方向への貨車が集まらないと運転されないといったこともあり、荷主にしてみればいつ荷物が届くのかという不満もあったことは、以前にも書きました、また、昭和46年頃となると高速道路も延伸し、トラック輸送が陸上輸送の主役を国鉄から引きずり降ろそれつつありました。
  10. 国鉄貨物輸送今昔 10 特急貨物列車の話
    本日は、「特急貨物列車」についてお話したいと思います。
    貨物列車には、普通列車に相当する「車扱貨物」と呼ばれる列車の他に急行貨物、快速列車に相当する「地域間急行」といった種別もありましたが、一番の華は、特急貨物列車でしょう。
    当時の鉄道輸送事情とは、どんなものだったのでしょうか。
  11. 国鉄貨物輸送今昔 11 EF66形誕生
    昨日お話したとおり、特急貨物計画は進み、貨車も試作され当初の目的を達したことから引き続き特急列車の計画は進められたのですが、機関車の計画は遅れていました。 量産されているEF65形によるモータを活用すれば車体はH級の車体となり少しでも有効長を稼ごうとするF級が好ましいという結論に達し、ここに当時の狭軌では世界最大級の660kwモーターの開発が行われるとともに試作車の製造に踏み切ることとなりました。
  12. 国鉄貨物輸送今昔 12 EF66のお話再び
    昭和41年にEF90型として誕生した、当時世界最高出力の電気機関車は約2年間試験及び運用に入った後EF66形量産車として最初に21両が製造されました。
    いわゆる1次量産型と呼ばれるもので、ひさし無しで登場したグループです。【現在は、大宮の交通博物館で見ることが出来ます。】
    EF90型よりさらに改良が加えられて、パンタグラフの空気上昇式とされました。
    今までの直流機関車はパンタグラフを上げるのにディスコン棒と呼ばれる長い竿でパンタグラフを架線に押し上げる(下降させる際はバネの力で自動的に下降)必要がありましたが、EF66量産型からはスイッチひとつで上昇(下降は自重で自然に降下)変更されました。
  13. 国鉄貨物輸送今昔 13 車掌車の話
    車掌車の話は、国鉄車掌OBでもある坂本衛氏が色々と書かれています。
    実際、戦後の車掌車は本当に酷かったそうです。
    緩急車ならぬ、寒泣車だった等と書かれていますが、ストーブの石炭もまともになく、寒さから羽目板を外して燃やしたりとか、照明も不十分で薄暗い車内で過ごしたりとか・・・当然のことながら貨車ですのでお世辞にも乗り心地が良いとは言えませんでした。
  14. 国鉄貨物輸送今昔 14 コンテナ用緩急車の話
    本日は、国鉄コンテナに連結されていた緩急車のお話をさせていただこうと思います。
    高速貨車として、国鉄は下記のような種類の貨車を製造しました。
    1. 有蓋車と呼ばれるワキ10000
    2. 冷蔵車のレサ10000
    3. コンテナ車のコキ10000
    そのうち、車掌車付きの車両が作られたのは、冷蔵車のレムフ10000とコンテナ車のコキフ10000だけでした。
  15. 国鉄貨物輸送今昔 15 トキ900の話
    貨車にも戦時中には、戦時輸送用の貨車が計画されました。
    それが、昭和18(1943)年から昭和21(1946)年にかけて製造された、トキ900と呼ばれる貨車でした。
    この貨車の特徴は、2軸貨車の中間に車輪を設けた3軸であり、あおり戸を高くして30tの石炭が積載できるようにしたものでした。
    トキ900形が製造された頃は、内航海運も海軍の徴発で壊滅状態にあり、石炭を陸上輸送で運ぶことを目的としていたそうです。
  16. 貨物列車今昔 16 「たから号」の話
    昨日お話したとおり、特急貨物計画は進み、貨車も試作され当初の目的を達したことから引き続き特急列車の計画は進められたのですが、機関車の計画は遅れていました。 量産されているEF65形によるモータを活用すれば車体はH級の車体となり少しでも有効長を稼ごうとするF級が好ましいという結論に達し、ここに当時の狭軌では世界最大級の660kwモーターの開発が行われるとともに試作車の製造に踏み切ることとなりました。
  17. 貨物列車今昔 17
    皆様、こんにちは。
    本日も、国鉄時代の貨物輸送のお話をさせていただこうと思います。
    国鉄の貨物輸送は、昭和38年頃をピークとしてそのご漸減傾向を示し、昭和30年度には24.6%を占めていた貨物輸送シェアは、昭和40年度には9.6%、昭和50年度には3.6%まで減少していました。
  18. 貨物輸送今昔 18 新幹線と貨物輸送
    新幹線といえばつい最近まで貨物輸送のための高架基礎が残っていたようですが、これも解体されてしまいました。
    youtubeの記事がありましたのでアップさせていただきます。
    歴史にIFはありませんが、貨物輸送に新幹線を使っていたらどのようになっていたのでしょうか?
  19. 貨物列車今昔 19 フレートライナー
    さて、新幹線の高速貨物輸送ではなく昭和41年から始まった高速貨物輸送に委ねられることとなり、その後更に高速貨物輸送の拡充とトラック輸送を貨物列車に誘導するためスーパーライナー〈フレートライナー構想)として、昭和44年3月開業を目標に「東海道ライナーサービス」の構想がまとめられました。
    概要は以下のとおり
     汐留⇔梅田  一日4往復
     隅田川⇔百済 一日1往復
    列車の発着時間は
     19時〜23時出発 5時〜8時到着
  20. 貨物列車今昔 20 列車掛のお話
    本日は、車両の話から少し離れて、貨物列車に乗務した車掌のお話をさせていただこうと思います。
    その前に、そもそも車掌という名称はいつ頃から使われたのでしょうか?
    どうも、山陽鉄道(現在の山陽本線)が最初のようです。
    鉄道開業当時は、「車長」と呼んでいたそうです。
    もちろん明治の話ですが、官設鉄道であれば「車長」といっても、「社長」と聞き間違えることはないのですが、山陽鉄道は株式会社であり、「車長」では、「社長」と聞き分けができなくて紛らわしいので、名称を「車掌」に変えたと言われています。
  21. 貨物輸送今昔 21 平軸受けと鉄タイヤの話
    こんばんは、連日ご覧頂き誠にありがとうございます。
    前回は、列車掛のお話をさせていただきましたが、前回も書きましたが、列車掛の主な職務は、
    乗務検査業務。
    列車の運転に関する業務。
    列車及び車両の入換業務。
    指定された者は車掌の職務。
    指定された者は車両検修掛の職務。
    と書かれています。
    特に乗務検査業務というのは、貨物列車に乗務し、停車駅などで貨車の検査を行うというもので、それまでは駅の停車するごとに停車駅で、検査掛が行うという非効率な方式を行っていたのでした。
  22. 貨物輸送今昔 22 みかん列車の話
    本日もしばしお付き合いくださいませ。
    今日は、みかん列車のお話をさせていただこうと思います。
    今でこそ、これらの貨物輸送はトラックに取って代わられてしまいましたが、今から30年ほ程前までは、みかんは貨物列車で運ばれていました。
    私は生まれも育ちも和歌山でしたので、12月頃になるとみかん列車〈紀文号〉が出発しましたというニュースを聞くと年末になるとともに、全国に出荷される「みかん」が何となく誇らしく思えたものでした。
  23. 貨物輸送今昔 23 戦前の物資別適合輸送貨車?
    貨車大好きな人かご年配の方ならご存知かもしれませんが、昔は家畜などを輸送するのに家畜車と呼ばれる貨車が使われていました。
    当時の資料などを参照しながら書いてみたいとおもいます。
    戦前から戦後の陸上輸送の大半を国鉄が占めていた時代は、とにかく貨車が足りない時代で、冷蔵車や通風車はもとより家畜車もかなりの不足を来していたそうですが、自動車輸送が発達してくる昭和40年代にはむしろ家畜車などの特殊貨車使用が限定されることから持て余し気味となり、大量に廃車になっています。
  24. 貨物輸送今昔 24 車掌車のお話
    最近の貨物列車では、積雪区間を走る貨物列車以外は無粋な円盤式反射板になってしまいましたが、昭和時代には、貨物列車の最後尾には車掌車と呼ばれる車両が必ず連結されていました。 機関車の汽笛共々、なんとも絵になる風景であり、レールのジョイント音とともに闇の中に消えゆく赤いテールランプは子供心にも哀愁を感じさせてくれるものでした。
    そんな、貨物列車にアクセントを持たせていた車掌車は昭和60年のダイヤ改正で原則として廃止されることになりました。
  25. 貨物輸送今昔 25 自動車の貨物輸送昔々
    本日も貨物輸送のお話にお付き合いください。
    今日は、自動車を運んだ貨車たちというお話をさせていただこうと思います。
    平成8(1996)年には、軽自動車4台を積んで輸送できる24ft「ワイドコンテナ」UM21Z型が誕生し、倉敷ターミナルから新潟ターミナルの間で、1日2〜3個が搭載されて輸送されたそうですが、平成10年(1998)年には規格が変更されて使用できなくなったとも言われています。
    さて、今回は、昭30年代から50年代にかけての自動車輸送についてお話をさせていただこうと思います。

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