国立国会図書館から引用

母子福祉対策要綱

昭和24年11月30日 閣議了解

第一 趣旨
 わが国の所謂未亡人は幼少の子女を抱え、生活力極めて弱く、母としてその子女を養育しながら、一家の生計をも支えなければならなぬ二重の重圧と闘っているのがその実情である。
 特に最近一般経済状勢の窮迫するにつれ、もはや生計の維持すら困難するもの多く、家庭はいよいよ不安と荒廃にさらされ遂に大切な次代の子女たちをも不良化せしむるに到る等その環境は極めて憂慮すべき状況にある。
 斯る不遇な多くの母子を援護することは刻下の急勢であり、再びその生活意欲を助長し、社会の健全な一員として自存の道を教え、新らしい我が国社会再建に寄与させることは将に人道と平和を確立するために最も大切なことである。よって、国、地方公共団体等の総合的母子福祉対策を確立し、之が実施の万全を期するものである。
第二 対象
 本要綱の対象は、配偶者と死別した婦人で現に十八歳未満の子女を扶養しているものばかりでなくこれと同様の社会的条件にある十八歳未満の子女を抱えた左の婦人をも謂う。
 1 配偶者と離婚した者
 2 配偶者が行方不明の者
 3 配偶者が海外に抑留されている者
 4 配偶者が精神又は身体の障害により長期に亘って労働能力を失っている者
 5 配偶者に遺棄せられた者
 6 未婚の母
第三 援護の機関
 母子福祉に関する相談その他の措置
 児童相談所、民生事務所、市町村役場等は、母子の生活全般に関する事項について相談に応じ適正な保護、指導を図ると共に必要のあるときは適正なる関係機関及び関係者に連絡又は紹介する等その機能を遺憾なからしめるため特に婦人の指導職員も置くことを考慮する。
第四 母子福祉に関する各種施策の実施
(一)公的扶助の徹底
 (1) 母子の大多数は幼少の子女を抱えているため、充分必要な収入を得る道が殆んど絶たれている現状であるから実情調査のうえ該当する母子には生活保護法の適用の徹底を図らなければならない。今回の画期的な大改正の趣旨に則り、母子に対しその特殊環境に応じた保護を行ない、その最低生活の保障に遺憾なきようにする。
 (2) 未復員者給与法、特別未帰還者給与法、厚生年金保険法を充分関係者に徹底せしめ給与に洩れることのない様に留意する。
(二)母子居住環境の改善
 (1) 母子寮の現在数は非常に少ないので、特に子女を多く抱えているものや、困窮度の高い母子を優先的に入所させる等の措置を計ると共に、母子寮の緊急増設を図ることとする。
 (2) 付近に母子寮がないときは集団住宅等を借上げて母子寮に代らしめる。
 (3) 母子寮に入所させることができない母子については、国庫補助住宅措置による住宅に入居し得るよう具体的取扱を考慮すること。
  その他住宅問題紛争等に際しては、円滑な解決や理解ある協力をなし、一般住宅の斡旋に努めるものとする。
(三)生業援護の促進
 母は家庭において子女とともに生活することが理想であるが、現実はその生活の安定を得るため適当の職業を求めているものが多いので、職業的訓練の未熟を補い職種の制約を除去するようその生活環境、技能等に適応する職業分野を開拓し、必要な生業援護を図るため次の措置を講ずる。
 (1) 公共職業安定所に特に母子の生活環境を考慮し、求職希望に適当するよう職業の斡旋に努めると共に積極的婦人の就職を促進するため職業の補導所を新設又は拡充する。
 (2) 内職を希望する者のために、家庭内職ステーションを増設すると共に、授産種目の選定、授産資材の獲得、技術の指導、賃金低下の防止等に特に官民の懇切なる力に努める。
  また、之に伴う必要な社会施設の併設を考慮する。
 (3) 職業技能の修得を促進し、経験及び個性に応じた技能を得させるため補導施設又は技術指導者に委託する方途を講ずる。
 (4) 生業を得て自立更生しようとする者でその資金のない者又は不足を告げる者に対しては生活保護法の生業扶助、更生資金及び国民金融公庫法の生業資金の借入方法等の周知徹底を期すると共に、貸付に当ってはその資格条件等に婦人の特性を生かした婦人による事業計画について特別な取扱を考慮すると共にこれを一層育成助長するように努める。
(四)母に養育される児童の福祉
子女が健やかに育成され、やがて将来社会の一員として独立するに必要な知識技能を充分体得させうるようその育成と教育について次のような措置を講ずる。
 (1) 保育
母子の生活環境上、その子女が福祉に欠ける虞れのあるとき又は母の委託があるときはその子女を保育所に入所せしめるが、保育所の施設が少い現状では、困窮せる家庭の子女を優先的に入所せしめるよう留意すると共に、保育施設の少い地方は増設に努める。
  付近に保育所のないときは、里親制度に準じて昼間家庭養育委託を強化徹底する様配意する。
 (2) 教育の援護
  母子家庭の子女育成には特に教育上の注意を払う必要があるに拘らず母は生活のためややもすればその子女を顧みる暇もなく、教育も等閑に附し勝ちであるから、小学校、中学校の教員、児童福祉司、児童委員等は不就学、不良化等防止するため個別的、集団的に援護活動を一層活発にする。
  又義務教育の課程にある子女を抱える母子世帯であって生活保護法に該当する者については、同法による教育費の活用に遺憾なきよう措置する。
  なお母親クラブの運営を助長し、児童指導班の自主的組織化を行うように促進する。
 (3) 育英奨励
日本育英会は、優秀な学生に拘らず経済的理由により修学困難なるその子女にして、就学を希望するものに対して育英資金の貸付の方途を講ずる。
  この場合において学校長及び母子家庭の指導職員、児童福祉司等の総合的調査意見に基いてその児童が家庭の事情によって実力を発揮することができなかったと認められるときは特別に考慮する。
(五)其の他
 (1) 農地に関する事項
  農地の買収、売渡、貸付地等に関して、母子家庭各自の具体的実績を充分参酌して生計を維持できるよう円滑なる措置を講ずる。
 (2) 供出に関する事項
  母子世帯員の状況を調査し、その能力に応じた生産計画を指示し、これに基いて供出する建前を周知徹底せしめその実施面において供出によって窮迫する者がないように留意する。
 (3) 課税に関する事項
  営業所得又は農業所得の課税標準は、母子世帯の特殊事情を充分参酌し、その実情に即応する適当な課税をなすよう留意する。
(六)広報活動の援護
 母子家庭の問題は、経済的困窮はもとより精神的苦悩もまだ封建的因習の家と社会に関連して大きい重荷となっている習も多いので、これが精神的開放を図り、社会一般が母子に対する理解を深からしむるために広報活動を活発にして慰籍激励援護の活動方途を講じ自力更生を図ることに努める。